仙台高等裁判所 昭和27年(ナ)1号 判決
原告 鎌田清
被告 福島県選挙管理委員会
一、主 文
昭和二十六年八月二十一日執行された福島県農業委員会委員選挙において、相馬選挙区から立候補し、当選した原告の当選の効力に関し、早川重雄外一名及び山田登からの各異議申立につき、同年十二月十四日被告のした原告の当選を無効とする旨の決定を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は昭和二十六年八月二十一日執行された福島県農業委員会委員選挙において相馬選挙区より立候補当選し、翌二十二日被告より当選の告知を受けた。同選挙区の定員は一名で原告のほか訴外渡辺幸吉、野地政雄、山田登の三名が立候補し、次点者は山田登であるが、各候補者の得票数は、原の町開票所において、渡辺幸吉四票、野地政雄十二票、山田登七十四票、原告七十三票、中村開票所において、渡辺幸吉十九票、野地政雄三票、山田登九十三票、原告九十五票、合計渡辺幸吉二十三票、野地政雄十五票、山田登百六十七票、原告百六十八票で右のほか、原町開票所において無効投票一票がある。
二、原告の右当選の効力に関し、昭和二十六年八月二十七日訴外早川重雄外一名から、同年九月三日訴外山田登から夫々同一理由に基き被告に対し異議の申立がなされた。
三、被告は右異議申立に対し、昭和二十六年十二月十四日無効投票とされた「田原登」と記載した投票は候補者山田登に対してした投票として、有効と認めた結果候補者山田登と原告の得票は百六十八票の同数となり抽せんにより当選を決すべきものとし、原告の当選を無効と決定、同月十七日これを福選管告示第九十六号、第九十七号をもつて告示した。
四、しかし、右決定は左の理由により取消さるべきものである。
(一) 前記のとおり相馬選挙区における定員は一名で、立候補者は四名であり、有権者は町村農業関係の代表者である町村農業委員(各町村十五名)である。
(二) 本件選挙に先立ち同年四月執行された福島県議会議員選挙は相馬郡においては激烈を極めたものであつて候補者田原徳が最高点で当選し、候補者山田登は第五位で次点となつた。田原徳は県議会議員ではあり著名な人物で、山田登も又前期県議会議員選挙に際し最高点で当選し、任期四年を勤めた著名な人物で、両名は右選挙において激しく争つたものである。
(三) 本件福島県農業委員会委員選挙において、右田原徳は原告を応援して活躍した。候補者山田登は前記県議会議員選挙における候補者山田登と同一人である。
(四) 相馬選挙区における投票所、開票所は、原の町、中村の二ケ所であつて、各投票所には候補者名を立候補順に明記してあつた。「田原登」と記載された投票は原の町開票所におけるものである。原の町開票所においては、開票管理者は立会人及び被告の意見を聞き、右「田原登」と記載した投票を無効とした。原告と山田登の住所は中村投票所、開票所の区域に、田原徳の住所は原の町投票所開票所の区域にある。
(五) 相馬選挙区地方の慣習として、人を呼称するには名をもつてせず、姓をもつてする。特に著名な人士を呼称するには姓をもつてし、敬称を附する。
(六) 山田登の名は田原徳の名と同じくイサオとも読むことができる。
以上の事実、状況のもとにおいて、被告が「田原登」と記載した投票をたやすく候補者山田登に対し投票せられたものと解したことは明らかに誤認である。いやしくも有権者が町村において選出された農業関係の代表者である。町村農業委員会委員であり少くも地方において良識ある人士として認められており自ら町村農業委員会委員選挙に立候補して当選していること等を考え合せると、軽卒に「田原」と「山田」とを間違えるとは考えられない。且つ山田登は農業協同組合を背景として立候補したものであつてみれば、町村農業委員会委員である有権者は殊更にその姓を間違えて投票するものとは考えられない。
本件農業委員会委員選挙は相馬選挙区の定員一名に対し立候補者四名であり、且つ県議会議員選挙において激烈な選挙戦を終えて間もないことであるから、選挙に対する関心が高まつていて、有権者ばかりでなく一般の者まで選挙の結果に注目していた。いわんや原告には県議会議員選挙において山田登と覇を争つた田原徳が活溌な応援をしており、さながら県議会議員選挙の再現を一般者に想起させたかも知れない状況であつた。このような状況において、「田原」と「山田」とを混同して、山田登に投票する意思をもつて「田原登」と誤記することは到底考えられないところである。
以上のような特別の事情があるのに拘らず、被告が「田原登」と記載した投票を山田登に対する有効投票と判定したことは違法といわねばならない。
よつて、被告の前記決定の取消を求めるため、本訴請求に及ぶ次第である。
と陳述した。(証拠省略)
被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、
原告主張事実中、一乃至三の事実、四の(一)乃至(三)の事実は認める。四の(四)の事実中、原の町開票所において「田原登」の登票を無効とするに際し、被告の意見を聞いて決定したとの点を争うほか、その余の事実は認める。(五)の事実は不知、(六)の事実は争う。
相馬選挙区における町村農業委員会数は二十五、その中実際に投票を行つた委員会数は十であつて、残る十五の委員会は、無投票によつて委員が定められたものであるから、本件選挙の有権者がすべて投票によつて選出された良識ある人とは必ずしも断言できないから、「田原」と「山田」とを誤記しないものとは限らない。而して、農業委員会法第三十一条において、公職選挙法第六十七条を準用している関係上、無効基準の解釈において、公職選挙法による選挙の場合と異つて判断する必要はない。従つて本件選挙における有権者が、町村から選出せられた農業関係の代表者である町村農業委員会委員であるということによつて、投票の無効基準の解釈を厳格、狭義にする必要はないから、立候補者制度を採用する本件選挙において、選挙人は通常いずれかの候補者に投票するものであることは明かであり、選挙人の意思が明白である限り、その選挙人の意思を尊重し、その投票に記載された氏名が正確を欠いても、その記載された文字の全体的考察によつて候補者の何人かに投票する意思があつたものと推定できる以上、これを有効とすべきである。「山田登」と「田原登」とはいずれも姓に「田」の字を有し、姓二字名一字であるのと、原告主張の県議会議員選挙において、訴外田原徳と山田登が同一選挙区において当選を争つたこと、更に本件選挙において、田原徳が原告の当選を得させるために活溌な応援をした事実からして、むしろ、山田登を田原登と誤記し易い事情を醸し出していたものと認められ、「田原登」と記載した投票は「山田登」に投票する意思をもつて誤記したものと認めるのが相当である。
と述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告主張の一乃至三の事実は当事者間に争がない。よつて本件の争点である「田原登」と記載した投票の効力につき判断する。
一、相馬選挙区における定員が一名で、立候補者は渡辺幸吉、野地政雄、山田登及び原告の四名であつたことは当事者間に争なく、証人田原徳、横山宗延、渡辺貢の各証言を綜合すると、右の立候補者中、最も有力とみられていたのは町村長の推せんする原告と、農業協同組合の推せんする山田登とであつて、両者の争が相当激烈であつたことが認められること。
二、本件選挙に先立ち執行された福島県議会議員選挙に際し相馬郡から右山田登も訴外田原徳も立候補し、田原徳は最高点で当選し山田登は第五位で次点となつたが、田原徳は県会議員として、山田登は前県会議員として共に著名な人物であることは当事者間に争なく、証人横山宗延の証言によれば、原告は居住地の町長であり、山田登は相馬農蚕学校を卒業後長く同校の教員を勤め、その後県農業会職員、居村飯豊村農業会長、相馬郡農業会連合会長等を歴任し、農業方面においては、相馬郡下だけでなく、福島県下における有名人士であることが認められること。
三、田原徳が原告を応援していたこと、本件係争の「田原登」と記載した投票が原の町開票所における投票であること、山田登の住所が中村開票所の区域に属することは当事者間に争なく、証人田原徳の証言によれば、同人は主として自分の住所のある原の町開票所の区域内の有権者に個別的に、口頭により原告への投票を依頼し、原の町開票所の区域の有権者には、同人が原告を応援していたことはよく判つていたことが認められること。
四、証人田原徳、横山宗延、渡辺貢の証言によれば、相馬地方においては、一般に有名な人を呼ぶ場合に名だけで呼ぶことは少ないことが認められること。
五、原の町投票所には候補者名を立候補順に明記してあつたこと当事者間に争のないこと。
六、本件選挙の有権者が郡内の町村農業委員会委員に限定せられていること。
七、本件係争の投票であること当事者間に争のない甲第三号証によれば、「田原登」の記載は稚拙とはいわれないこと。
以上諸般の事実よりして、本件「田原登」と記載した投票は、本件選挙の有権者が、山田登に投票する意思をもつて、「田原登」と誤記したものとは到底認められず、結局右投票は何等かの理由により、候補者でない者の氏名を記載したものと認めるのを相当とする。然らば、「田原登」と記載した投票は結局無効であるから、これを山田登の有効投票と認定し、原告の当選を無効とした被告の決定は失当といわねばならない。
よつて原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 佐々木次雄 石井義彦)